デパートの常識を変えた西武百貨店の雑貨フロアや、キャラクターグッズ開発、日本人がよく知っているあのCM、日本人が平均3回は行くあのイベントパークの企画を手がける。
彼曰く「すみません、僕だけがやったのではないから固有名詞は控えさせていただきます」とのこと。
あくまで黒子に徹する主義のようだ。
その後、打って変わってインターネットにのめり込んだ。
日本初の個人ホームページの立ち上げを行い、日本のインターネット普及活動を行った。
縦横無尽に暴れる彼のアイデア力はどこから来るのか?
さあ・・・通称「くぼたつ」と呼ばれる影のスーパー企画マン 久保田達也様の登場です!
「殻を破って自分改革」
学生時代はヒッピーでした。
銀座で路上に座っていたら、社長らしき人から「日本を駄目にしているのはおまえだ」と言われました。
へこんだけど「いまにみていろ」とアドレナリン爆発でしたね(笑)
学歴も特技もない凡人な自分にできることはアイディアしかなかった。
昔からアイディアを出すのは大好きだったんです。
サンリオができたばかりのときにアルバイトで入り、スヌーピーやキティーなどのキャラクターグッズの企画に関わった。
当時は、キャラクターグッズはゲテモノ雑貨と呼ばれていたのですが、小学生の女の子はかわいい文房具が欲しいとういうことで、大ヒットしたんです。
世の中に無いもので人が欲しいと望んでいる物を世に出せば、新たな市場は誕生するということを知りました。
西武百貨店(池袋)から新しい売り場を作ってくれ、と頼まれ、当時百貨店業界ではタブーであった雑貨コーナーを企画。
デパートがゲテモノを扱うなんて、という周囲の猛反対をよそに、単位面積あたりの商品回転数1位売り上げでも宝石貴金属に続き2位となりました。
業界の常識を破って成功した快感は忘れられません。
お客様が基本なんです。
アイデアを練る時は、A4コピー用紙の束を持って喫茶店にこもってサインペンでひたすらアイデアを書き出します。
そのスタイルは、サンリオ時代からの習慣で今も変わっていません。
次第に企画の講義をしてくれと企業や商工会議所からの依頼が殺到するようになりました。
「企画が仕事で一番おもしろい」ってことを伝えようと始めたんですが、気づけば受講者は6万人を教え、中には年商100億を超えた成功者が20人以上います。
成功した生徒からメールをもらうと嬉しいのですが、実はムカつくんです。
だって教えてる自分がまあまあなのになんで教わったおまえが成功するのだと妬むわけですよ(笑)
1990年初頭、NTTの研究プロジェクトで日本ではまだ知られていなかったホームページを見た瞬間、
『個人が情報発信できる時代が来る。会社に頼らなくても自立できる』
と歓喜しました。
アイディアがあれば、インターネットを使って最小限のリスクで起業を実現することができる。
僕はそのアイディアを出せる人間を育成したくて教授になったり、メディアに出たりしてきました。
“日本人1億人を企画マンにしたい”と願い2014年4月には『くぼたつ塾』を開設する予定です。
日本人一人一人が新たな発想を実現する能力を身につければ、明日の日本が輝くと考えているからです。
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