コピーライターから作家へと転身し、デビュー作の『ルンルンを買っておうちに帰ろう』が大ヒット。ベストセラーになった。しかしそれまで作家になろうと考えたことは一度もなかったという。
その4年後には直木賞も受賞し、作家としての地位を確立した。
順調なキャリアを歩むその裏には、我を忘れて文章に打ち込んだ努力の日々があった。
さあ・・・作家、林真理子様の登場です!
「できなくてもやるのがプロ」
私が大学を卒業する時は不景気で、数十社面接を受けましたが全て落ちました。
日給1800円のバイトで食いつなぎました。その後3年は人口毛を植える会社で働いたり。
作家を目指したことは無かったし、本は全く書いたことがありませんでした。辛抱強くなかったので、原稿用紙3枚以上の文章は書けなかったと思います。当時はコピーライターが本を出版するのが流行っていて、私の元にも出版しないかという話がきました。
デビュー作となる『ルンルンを買っておうちに帰ろう』をホテルに篭って書きあげました。周りの人からも売れると言われていたので、売れる確信がありました。
それから3年の間、〆切り前はホテルに缶詰になって文章を書くことだけに集中し、それだけを考えて書き続ける生活を送りました。
文章を書いては編集者の方から怒られ、『直木賞を取らなければ作家としては、認められない!』とハッパをかけられました。
私は広告業界から入ってきたので、出版業界関係者からの風当たりが強かったのです。
化粧もせず、髪の毛もボサボサです。外は冬なのか、夏なのか?季節感もわからず、昼も夜も書いて倒れたこともありました。
しかし、この間に書いた『最終便に間に合えば』『京都まで』で念願であった直木賞を受賞することができて、作家としてやっと認められたような気がしました。
若い頃に一心不乱に文章に向き合う経験ができたのは、良かったと思います。
本を書いて無名な自分が有名になっていくのが楽しかった。つらいことはたくさんありましたが、やめようと思ったことは一度もありません。
しかし書こうと思っても筆が進まない時もあります。
でもそんな時は、思い切って一晩寝てしまいます。書き始めると書けるようになるので、
手紙を書いたりして文章をとにかく書きます。
でも書けないようにならないために、常日頃から体調、精神など自分の状態をコントロールします。
書けなくても書くのがプロですからね。
締め切りが迫りくるプレッシャーもあるのですが、ここは、図太く殺されるわけでは無いと開き直っちゃいます。ヒット作を産むためには、作品の時代性や質の良さももちろん重要ですが、運も必要です。運を引き寄せるために、性格は明るく、自分はダメだと思わないことが大切ですね。
自分が運がいい人間だと思ったら、それに見合う努力をすること。そうしないと、運がかわいそうですよ。
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