ケニアで生まれ育ち、1993年に高校を卒業後来日。
翌年開催された北海道マラソンでは、初マラソンで初優勝を飾った。
来日から3年後の1996年、アトランタオリンピックのケニア代表選手に選ばれ銅メダルを獲得。
更に、2000年のシドニーオリンピックでは銀メダル獲得、2004年のアテネオリンピックでは7位入賞と、3大会連続で出場し、2つのメダルを獲得した。
フルマラソン自己ベストは2時間8分43秒。
彼は、走ることを心から楽しんでいる。
彼はどんな環境で育ってきたのでしょうか?
さあ・・・男子陸上長距離選手 エリック・ワイナイナ様の登場です!
「諦めない」
子どもの頃は、家から学校までは片道10km。
子どもの足で2時間近くかかり、急いでも1時間以上かかる距離を毎日歩いていました。
マラソンという競技も知りませんでしたが、高校では陸上部へ。
サッカー部とも迷ったのですが、陸上部の監督が
僕の足が他の人より少し速いのを認めてくれたのが嬉しくて、陸上部を選びました。
エリックは強い!強い!と背中を押されて走ることが楽しくなり、県の大会で1位になって更にのめりこみました。
ケニアの高校は4年制で、4年生の時にナイロビに呼ばれてエージェントから「日本に来ないか?」と声を掛けられました。
「行きます!」と即答したけど、パスポートもないし家は裕福でなかったので、どうやって飛行機代を出すのだろうと思っていました。
自分が日本に行くなんて信じられなくて両親にも言えず、半年くらい経ってやっと両親にスカウトされていると話したら、「行ってみたら」と背中を押してくれたのです。
その2ヶ月後には真冬の日本にいました。
初めて雪が降っているのを見て、興奮して両親にも見せたいと写真を沢山撮ったのを今も覚えています。
日本食や文化にはすぐに馴染むことができ、日本語もチームメイトとの会話など生活の中で覚えました。
でも、一人で日本に来たのでホームシックにはなりました。
親との連絡はエアメール。
返事が手元に届くまで1ヶ月かかります。
毎日ポストを覗いて手紙が届くのを心待ちにしていました。
ある時、股関節が痛くて1年間走れない時期がありました。
色々な病院で検査をしてまわっても原因がわからない。
ヘルニアかもしれないと言われたり、走るのを止めなさいと言われたりしたので病院が怖くなり、自分で治せないかと思っていた時、たまたま友達の自転車に乗ることになったのです。
乗ってみると、歩くのも階段も痛かったのに自転車は痛くない。
これはいいと思い、その日に自転車を買いに行き毎日サイクリングトレーニングをしました。
そうしたら3ヶ月後には痛みがすっかり消えました。
あの時、諦めずに治る方法を探し続けてよかったと思っています。
僕は本当に走るのが大好きなんです。
日本語では「諦めない」という言葉が好き。
自分で出来る事を信じて諦めずにやり続ければ、最後は必ず結果が出ます。
これからは日本とケニアの子ども達にマラソンを教えて、将来のオリンピック選手を育てたいと思っています。
◆オフィシャルブログ「NEVER GIVE UP」
http://eric.aspota.jp/
◆ニューバランス「TEAM NB」
http://www.newbalance.co.jp/aboutus/team_nb/
◆出演・講演依頼はこちらから
http://www.s-rights.co.jp/member/athletes/eric.html
※上記サイトは、一部携帯では見られない可能性があります。