本日登場するスゴい人は、世界各地に265以上のグループ企業を有し、総従業員数約126,500名の陣容を誇るジョンソン・エンド・ジョンソンの日本法人代表取締役社長を務めるスゴい人!
2012年、46歳で社長に就任した彼は、新卒で同社に入社した生え抜きの社長である。
社長就任までには24年間で14の業務、役職を経験。
2005年にはグループ会社であるオーソ・クリニカル・ダイアグノスティックス株式会社代表取締役に就任し、2008年には同社のアジア太平洋地域の事業も統括した。
社長を目指したことはなかったと語るスゴい人はなぜ、能力を見いだされ社長に就任することになったのだろうか?
さあ・・・
ジョンソン・エンド・ジョンソン株式会社 代表取締役社長
兼 同社 メディカル カンパニー 代表取締役プレジデント
日色保様の登場です!
「突き抜ける」
私はバブルの頃に新卒で入社して、仕事に対する決意も特になく、今思えば甘い考え方をしていました。
営業の現場からスタートし、その時は好きで得意でしたし、成績も良かったのですが、ダントツ1位というわけではなく、フツーの人でした。
仕事の面白さを知ったのは、いくつかの部署を経て、トレーニングを担当することになった27、8歳の頃です。
営業のスキルを身に着けるトレーニングプログラムをゼロから開発する仕事でした。
それまでは、営業で自分が行動することで売上が上がる事に喜びを感じていましたが、この仕事では、仕組みや構造を作って会社全体にインパクトを与えることができるダイナミックさに、やりがいを感じるようになりました。
2年間、朝晩関係なく死に物狂いで働いていましたが、仕事にコミットして、仕事の面白さを知りました。
この時に自分が生まれ変わったように思います。
入社後の24年間で14の仕事を経験して、その度に新しいことを勉強し、知らないうちにストレッチすることで、私は会社に育ててもらいました。
しかし、グループ会社の社長になった時にはとても苦しい思いをしました。
就任までその会社の事業には関わったことがありませんでしたし、当時私はまだ39歳で役員は全員年上。
更に、日本でのビジネスは健全だったにも関わらず、事業を縮小しなければなりませんでした。
グローバルでの上司とのコミュニケーションにおいては、言語の問題ではなく、相手の文化的な背景を踏まえたアプローチに苦労し、日本語で日本人相手に話せばうまく伝えられることが伝えられず、とても悔しい思いをしました。
ただ、たとえもうダメだと思うようなことがあっても、仕事で命を取られるようなことは決してありません。
ですから、もちろん社会に対しての責任はありますが、私はいつも「所詮仕事」と思うようにして取り組んでいます。部下にもそう伝えています。
私はこれまで、先の目標を持って逆算するのではなく、その時与えられた目標に一生懸命に取り組んできました。
その時々、自分に何が期待されているのかを考え、期待通りではつまらないですから、それをどう上回るかを考えて、常に期待を上回る結果を出すことを続けてきました。
今後は、私がこれまでに出会った先輩達から影響を受けたように、部下たちが、私と出会って一緒に仕事をして成長できたと思えるように、人を育てていきたいと思っています。
◆日本におけるジョンソン・エンド・ジョンソングループ
https://www.jnj.co.jp/
タグ:ビジネス・経営者